やまなし音遺産“紙芝居おじさん”

■やまなし音遺産 〔第44回 “紙芝居おじさん”〕

 

山梨県内にある“後世に残したい音”  第44回目は《紙芝居》です。

 

戦前からあったと言われる紙芝居。戦後は街頭で紙芝居を見る子供たちの姿があちらこちらで見ることが出来、その中から「黄金バット」という人気作品も生まれました。

 

実は甲府市にある遊亀公園では、晴れた休日に紙芝居おじさんに会えるんです。

自転車に紙芝居を積んで拍子木を鳴らしていたのは、小倉功さん。

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小倉さんは、山梨県内唯一の紙芝居師。

お父様(先代)が昭和7年にはじめ、紙芝居60年以上、自転車40年以上、紙芝居舞台30年以上・・・とすべて先代から引き継いだ年季が入ったもの。

 

戦後は紙芝居がブームで、山梨県内にも70人程の紙芝居師がいて、組合まであったそうです。

その組合の中で、紙芝居の披露する場所などが割り振られていたそうです。

しかし、テレビが普及すると紙芝居ブームも勢いがなくなり、昭和42年頃には、既に、小倉さんのお父さんただ一人だけになってしまったんです。

 

この紙芝居師は山梨県内はもちろん、全国でもとても珍しいものとなりました。

現在、守り続けるのは小倉功さん。

子供の時は、毎日家で練習するお父さんの紙芝居を子守唄がわりに聞いていたそう。

競争が激しかった紙芝居の世界で、毎日朝晩の練習は欠かさなかったというお父さん。

そのため、いざ、自分自身が紙芝居をやると、教えてもらわなくても自然と喋ることができたそうです。

そして、その喋り口調は甲州弁。これがとっても味があるんです。

紙芝居の裏にはセリフが書かれていますが、それは標準語。

そのため甲州弁に直して、8割がアドリブ! 子供たちに受けやすいようにしているそう。

学校や親御さんが使わない言葉を使わないことで、珍しそうに新鮮に見てくれると、小倉さんがおっしゃっていました。

さらに、紙を舞台から抜く速さや間も工夫。子供を楽しませるために、色々なことを考えて披露しています。

 

紙芝居はすべて手作りで、先代が購入した紙芝居800~1000巻を所有。

先代が長年続けてきた紙芝居ですが、父親が引退後、一時紙芝居も終わりそうに・・・

しかし、惜しむ声が続々と届き、父親を手伝うこともあった功さんが、会社員をしながら休日は紙芝居師として引き続きすることになったそうです。

IMG_0474.JPG紙芝居は駄菓子を売るための人集めの道具だったため、水あめが付き物♪

水あめは小倉さんの手作りで、いちご・メロン・ミカン味が各100円で楽しめます。

紙芝居クイズに正解すると、水あめがもらえたり、その他に、かたぬきやクジもあるんです。

 

小さい時に紙芝居を見たという大人が子供を連れてやってくることも。

拍子木が聞こえると、あっという間に小倉さんの周りにはたくさんの子供・大人が集まります。

独特の語り口調や年季の入った紙芝居に子供たちは新鮮。

そして、大人たちは懐かしさで自然とこみ上げ、タイムスリップ。

 

老若男女みんなが同じ方向を向いて微笑む姿・・・紙芝居おじさんの魔法にかかったようです。

 

IMG_0467.JPGそんな小倉さんの夢は、老人施設などでの紙芝居。

昔のことはきっと忘れていないだろう。

そんなことを信じて、もう一度楽しいことを思い出してほしいと、小倉さん自身も夢を持っていらっしゃいます。

 

 

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子供に夢と笑顔と思い出を、走れ紙芝居

小倉興行

代表 小倉功さん

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