2012年7月アーカイブ

今週のインデックスは…かっぱめし 


河口湖周辺に昔から伝わる河童伝説があることをご存知ですか?

P1050346.JPG

そもそも河童は、陸上でも水の中でも自由自在に動ける妖怪のこと。

全身はうろこで覆われ、手足には水かき、頭の上には水をためるためのお皿、とがった嘴が特徴で、背中には甲羅を背負っています。
好物はきゅうり

空想上の生物と言われていますが、全国各地にさまざまな河童にまつわる話が残っています。

まずは、簡単に河口湖の河童伝説をご紹介しますね。


昔、河口湖に河童が住んでいました。

ある年のこと、湖畔の床屋で、保存用の魚が度々持ち去られる出来事が起こりました。辺りはいつも水で濡れていて「これは河童の仕業に違いない」と半ば諦めていました。

ある晩、床屋が囲炉裏のそばにいくと巻紙が置いてあり、不思議に思って開いてみると、そこには河童膏の作り方が書いてありました。
試しに作ってみると、怪我や病気にも効く万能薬でした。

床屋は河童膏のおかげで「大金持ち」になったとさ。


・・・・というお話です。


伝説上のお話かと思いますが、実際に、かつて河口湖周辺では、はまぐりの貝殻に入れられた塗り薬があって、これが「河童膏」として売られていました。
何にでも効く名薬として大変人気だったそうです。


さて、そんな河童伝説にちなんでできた富士河口湖町の名物料理が「かっぱめし」です。

P1050361.JPG

河童の大好物「キュウリ」を浅漬けにしたものと、滋養強壮に優れた「長いも」を使って仕上げたシンプルな「丼もの」です。

刻み海苔やゴマをトッピングすれば見た目も鮮やか。
特産品の大石キュウリや大石いもが使われていて、あっさりとしたキュウリの漬物とトロッとした長いものコラボレーションは栄養満点。

夏バテ気味の人でも食が進みますwink

さらに、富士河口湖一体の飲食店やホテル・旅館約50店舗では、基本の「かっぱめし」に、独自の食材などを加えたオリジナルのかっぱめしを提供しています。


特に夏はイベントも数多く行われ、8月4日・5日の土日は河口湖湖上祭があります。

5日・日曜日には特大のスターマインやミュージカルスターマインなど湖上を鮮やかに染める色とりどりの花火が見どころです。

夏のレジャーやイベントと合わせて、ここでしか食べられない味を求めてお出かけしてみてはいかがですか。
河口湖湖畔の草むらで河童の石仏がひっそりとみなさんを迎えてくれますよhappy01

 
 

 clover clover clover

「やまなしINDEX」を放送後にホームページでもお聞きいただけます。

是非お楽しみ下さい!
 


 
 

今週のインデックスは…甚左衛門 


sun夏は、イベントが盛りだくさんですよね。

その一つに、市川三郷町の「神明の花火」大会があります。

実はこの花火大会、市川に和紙づくりを広めた「甚左衛門」という人物ゆかりのイベントだということをご存知ですか?


甚左衛門は、平安時代末期に、甲斐源氏の祖と言われる源義清(みなもとのよしきよ)の家臣として京都からやってきました。
甚左衛門が紙を漉くことに熟練していたので、市川の人々はその技術を学び、市川和紙の名声が世に知られるようになりました。

その前から、市川で紙漉は行われていたようですが、市川和紙が有名になるのは、
甚左衛門が甲斐の国にやってきた後のことなんです。

また、市川には紙作りに欠かせない良質な芦川の伏流水があったことも、その後産業が発達した一因と言われています。

甚左衛門は、養和元(1181)年7月20日に病で亡くなってしまいますが、人々は、紙の神様を祀った「紙明社(しめいしゃ)」という神社に石の祠を建てて、彼の遺徳を崇めました。


なお、「紙明社」は、江戸時代、中国の歴史書「史記」の記述を根拠に、「紙」という漢字を、神様の「神」に置き換えて「神明社(しんめいしゃ)」と改名します。

また、昭和になると、神明社は八乙女(やおとめ)神社と合祀(ごうし)され、
現在は八乙女神明神社となっています。


ところで、神明社の境内には、相撲の辻がありました。

甲州を代表する辻の一つと言われたこの辻では、毎年、甚左右衛門の命日である7月20日に行われる神明社のお祭りで相撲大会が行われ、大変にぎわいを見せたそうです。


そしてもう一つ。
このお祭りでは「花火」を打ち上げていたんです。

その花火は「神明の花火」と呼ばれ、市川和紙に功績を残した甚左衛門への感謝の気持ちを込めたものでした。
これが、市川の花火大会の由来です。

神明の花火大会は長い間途絶えていましたが、平成になってから復活。
花火の日である8月7日に開催されるようになりました。

今年で24回目、2万発の花火が打ち上がり、毎年約20万人もの観光客が訪れるんですよ。
今年も楽しみですねhappy01


ちなみに現在、市川三郷町では障子紙を中心に生産していて、国内シェアは約40%、全国one位です。
花火の生産も盛んに行われています。


ドーンと響く迫力の音とともに夏の夜空を華やかに彩る神明の花火大会。
市川和紙の父・甚左衛門から届く、夏の贈り物みたいですね。confident

 

 clover clover clover

「やまなしINDEX」を放送後にホームページでもお聞きいただけます。

是非お楽しみ下さい!
 

 

今週のインデックスは…網倉の虫送り
 



いよいよ梅雨明けも近ずき、まもなくsun夏本番ですね。

さて今日のインデックス「網倉の虫送り」ですが、皆さんは「虫送り」という言葉を聞いたことがありますか?


「虫送り」とは、住んでいる地区や、耕作している田畑から、災いや害虫を追い払うために、夏の土用の頃 行われる伝統的な行事です。

松明を持った住民が、地区内や田畑を列になって歩き、火に集まった害虫を駆除したり地区の外に連れ出し(追い出したりする)、豊作や平穏を願います。

 musiokuri-4.jpg


「虫送り」は、江戸時代に、西日本で発生した大規模な虫害がもとになって始まったと言われています。

この時代、害虫の発生や不作などは「悪霊や邪霊の仕業」と考えられていました。
そこで、農作物に害を与えたり、病気を流行らせたりする「霊」を地域の外に追い出すために「虫送り」が行われたのです。

地域によっては、わらで人形を害虫に見立てたり、読経などが行われるなど、信仰的な意味合いを持つ行事でもあったそうです。

musiokuri-2.jpg


かつて「虫送り」の風習は、全国各地で見られ、場所によっては夏祭りと一緒に行われることもありました。

甲府市出身の成島出監督の日本アカデミー賞を多数受賞した「八日目の蝉」のなかでも印象的なシーンとして描かれていましたよねconfident


しかし、戦時中に灯りなどを制限した灯火管制や、戦後の農薬の発達などにより「虫送り」は急速に衰退し、現在ではほとんど見られなくなってしまいました。

当時を知るお年寄りによると、
「夕暮れの薄闇の中を、火を灯した行列が遠くから見え、大変幻想的だった」ことや、
「年に一度火遊びが許される日で、とても楽しみだった」ことが、
子どもの頃の思い出として強く記憶に残っているそうです。

musiokuri-3.JPG



さて、市川三郷町落居の網倉地区では、
現在も「虫送り」が、地域の住民の手により続けられています。

一時は人手不足などにより、ひっそりと行われていた期間もありましたが、地区外からの見物客が増えたことから、
「せっかく見に来てくれる人がいるなら、昔のように盛大にやろう」と話し合い、
大松明(おおたいまつ)を復活させるなど、地域を上げて「虫送り」に取り組んでいます。


 musiokuri-1.jpg

今年は今月28日の夕暮れに行われるそうですよ。

ぜひみなさんも、脈々と受け継がれている「網倉の虫送り」を見物に出かけてはいかがですかhappy01

 

 clover clover clover

「やまなしINDEX」を放送後にホームページでもお聞きいただけます。

是非お楽しみ下さい!

今週のインデックスは・・・せいだのたまじ 


上野原市の北部、長寿の里と呼ばれる「棡原(ゆずりはら)」地区は、都心から西におよそ60キロの距離にありながら、今もなお、清らかな水とのどかな自然が沢山残っています。

ここで、今日ご紹介する「せいだのたまじ」が誕生しました。

「せいだのたまじ」とは、いったいどんなものなんでしょうか。

seida2.JPG


flairヒントは、この地域の農業にあります。

棡原は起伏の激しい斜面に広がる集落で、水の確保が難しいため、稲作ではなく、麦などの雑穀やイモ類、豆類などが中心に作られています。

特に「ジャガイモ」は、江戸時代、飢饉対策として栽培され、多くの住民の生活を助けました。

当時、全国規模で飢饉が発生して郡内地域も例外ではありませんでした。
飢餓から住民を救うため、この地域を治めていた
代官「中井清太夫(なかいせいだゆう)」が、ジャガイモ栽培を広めました。

飢饉を乗り切った住民は、その後、感謝の気持ちを込めてこのジャガイモを
「清太夫芋(せいだゆういも・せいだいも)」と呼ぶようになりました。


では、「たまじ」は何かと言うと・・・、
上野原市の棡原地区周辺地域で呼ばれていた小粒のジャガイモのことです。

せいだのたまじは、収穫しても売ることができない小粒のジャガイモを無駄にすることなく、美味しく食べられるように「味噌で甘辛く煮詰めた」、上野原市の郷土料理のことなんです。


seida1.JPG


さて、棡原はかつて「日本一の長寿村」として名を轟かせました。

長寿の秘訣は、標高の高い傾斜のきつい山道を行き来する生活に加え、食物繊維の多い食生活が複合的に重なって「健康・長寿」が育まれたと言われています。

現在でも、せいだのたまじを始め、雑穀やイモ類などの食文化を受け継ぐ家庭が多いんですよwink


上野原市にある「ふるさと長寿館」では、せいだのたまじなど上野原市の特産品を使った郷土料理を、みなさんも召し上がることができます。

そばがきや麦とろ定食、さしみこんにゃくなど、長寿食の保存につとめながらも、現代人の嗜好に合うようにアレンジされたメニューが並んでいます。

seida3.JPG

観光分野では、ここ数年、現地でしか食べられない料理に注目が集まっているんですよ。

最近の観光旅行のキーワードに「安い」「近い」「短い」があります。

つまり、安い費用で、近くの観光地に、短い日程で旅行することです。
このような旅行スタイルでは「魅力的な食・お土産」がある地域の人気が高いんです。

固有の観光資源を持たない地域でも、気軽に食べられる、美味しい「食」、特徴のある「食」があれば、「まち」の活性化に繋がる時代なんですね。
 
seida4.JPG


かつて村人を飢饉から救ったジャガイモ。
現在は上野原市の郷土料理「せいだのたまじ」として「まち」を盛り上げていますhappy01
 
 

 clover clover clover

「やまなしINDEX」を放送後にホームページでもお聞きいただけます。

是非お楽しみ下さい!

 

2019年4月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

カテゴリ