甲州金

きょうのインデックスは、 「甲州金」


私たちが、生活していく上で欠かせないお金。

我が国の貨幣制度の基礎を作ったのは、
山梨県が誇る戦国武将・武田信玄であったことをご存知ですか?


大昔、人は、物々交換でお互いにほしい物を手に入れていました。
しかし、いつもお互いのほしい物が一致するとは限りませんthink

そこで、交換の仲立ちとなって活躍したのが、誰もがほしがる「金」「銀」「銅」を使った貨幣でした。
武田信玄は、中国ですでに定着していた貨幣制度を参考にしながら、「甲州金」を基に四進法および二進法による計数貨幣を考案しました。

戦国時代に入ると、取り分け、「金」は軍資金としても重要視されたため、各地の大名は金山の採掘に励み、鉱山のimpact争奪戦も繰り広げるようになりました。

金の鉱脈は静岡―糸魚川構造線などの周辺地域に分布していて、
山梨県内の金山は、現在、甲州市、韮崎市、身延町、早川町などで確認されており、
ここから採掘した金によって甲州金制度が確立したといわれています。

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甲州金は、武田氏の戦略・戦術を記した「甲陽軍艦」によりますと、
「碁石金(ごいしきん)」とも呼ばれた金の粒で、
最初は、刻印もなく、むしろ貨幣というよりも軍用金や恩賞に使われた特別な価値をもった「もの」であったとされています。
この時代、いつ起きるか分からない戦いにも運搬が簡単で、どこでも通用することから絶大な効果があったとされています。

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江戸時代に入り、徳川幕府は、優れた甲州金の計数方法を江戸の貨幣制度に取り入れ
新しい貨幣制度を制定しました。統一貨幣制度を制定した江戸時代においても、甲州金は、例外的に、当時の甲州国内に限り使うことができました。
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ちなみに、「太鼓判を押す」の慣用句には諸説ありますが、
太鼓判とは、甲州金の縁に施された太鼓の皮止めに似た装飾のこと。

金が削り取られることを防ぎ、価値を保証する目的で付けられたことから、
太鼓判を押す、確実さを保証するという意味が生まれたと言われています。

山梨で生まれた文化が生活の中にも根付いているんですね~happy01

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さて、「甲州金」や「計数貨幣制度」のみならず、山梨県には全国に誇る文化や伝統が数多く存在します。

これら特色ある文化を全国に向けて発信することなどを目的に、文化の国体ともいわれる
国民文化祭の開催が予定されています。

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平成25年の開催に向けての準備が進められており、現在、「応援事業」や「イメージソング」の募集などが行われています。

詳しくは、webサイトで「山梨」「国文祭」で検索してみてください。

富士の国やまなし国文祭イメージソングの募集のHPはこちらです。

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最後に、山梨県からのお知らせです。

県では「やまなし節電県民運動」を展開しています。
県民の皆様には、一層のご理解とご協力をお願いします。
詳しくは、山梨県ホームページをご覧ください。

山梨県のホームページはこちらです。

県民一丸となって頑張りましょう!



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「やまなしINDEX」を放送後にホームページでもお聞きいただけます。
是非お楽しみ下さい!

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