「エモい」という感覚とは
ふらっと、大学時代に通っていたラーメン屋さんに行きまして。
少し前に久々に会った大学の先輩と「今行ったら懐かしくて、涙の一つでも出るんじゃないか」という話になり。
そんな他愛のないきっかけから、その先輩と当時の最寄り駅で待ち合わせして目的地まで。
道中、「ここのコンビニでお酒買って先輩の家に泊まりに行きましたねぇ」とか、「ここのファミレスで閉店までドリンクバーで粘りましたよねぇ」とか、そんな会話をしながら。
街並みは、変わりつつも当時の面影を残していて。
自分も横にいるおじさんも確かに十数年経っているはずなのに、その場に立つと当時の感覚が戻ってくる不思議。
人の記憶が何かに結びついて保存されているのであれば、「場所」というのはその最たる例か。
そんな記憶を辿りながらラーメン屋さんを探していると。
…ない。
記憶の上ではあったはずの場所に…ない。
わざわざ2時間かけて行って、ノスタルジックな気持ちに浸る準備までしてきたのに…。
失意の中、あたりを見渡すと。
あった。
道を挟んだ反対側に。
記憶違いではなく、移転してちょっと大きな店舗になっていました。
案外、繁盛してたのね。
胸を撫で下ろし、入店。
食券を買って、ついにラーメンが到着。
このスープを啜れば、舌先から電撃みたいなものが走って当時の景色が目の前に広がるはず…。
20代前半の自分との再会を楽しみにして、ずずっと一口。
…うん、うまい。
確かにうまいんだろうし、当時と味も変わっていないんだろうとも思う。
でも…。
どことなく感じる「コレじゃない感」。。。
建物が違うから懐かしくもなんともないーーー。
床もテーブルもピカピカーーー。
なんならファミリー席まであるーーー。
トイレなんて男女別れてるしーーー。
他のお客さんがトイレに行こうとすると、カウンターの人はテーブルがお腹に食い込むくらい寄らないと通れないあの狭さが恋しかったのに…。
旅行先で食べたその土地の食べ物をお土産で買って帰ってきても、その時の感動を上回ることはないのと同じでしょうか。
思っていたより、ロケーションって重要だということに気付かされました。
今回、当初の目的とは違いますが美味しいラーメン屋さんに行けて良かったです。
涙は溢れませんでしたが、これもいい思い出です。
また何年か後に、「学生時代を懐かしみたくて行ったら店の場所が変わっていて、全然懐かしくなかったなって思った思い出の場所」として懐かしむことが出来るかもしれないですので。
2026年5月11日 19:46


